人のイライラと自分の価値は別 

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画像は今日撮った梅の花。

一昨年心の調子を崩してから、勉強したり考えたりして、
わかってきたことがいくつかある。
今実践していていい感じなのは、人の感情の責任まで
持たないということだ。

人がイライラして当たってきた場合、自分が貶められた
ような気がして、怒りがわくのだが、その怒りを抑圧することが多かった。
それがたまると、ある日バーンと切れるとか;

病気の直接の原因は、年少の者に当たられ続けたことだと
思うのだけど、それが上記のようなパターンになっていた。
今は彼がイライラしてきて、「傲慢にふるまいたい!」とか言い始めると、
「へ~、どんなふうにふるまうの?おもしろそうだね~」
とか返していると、拍子抜けしたみたいで、そのうちイライラも収まっている。

数日前は家族が会話中にトゲトゲした言葉を言ってきたので、
「おや?」と思ったのだけど、これは家族の心の問題で、
私を貶めているわけではないのだろうと判断した。
後で、「今日なんか疲れてる?」と聞くと、「実は仕事で大失敗した」
というので、だからイライラしてたのねと思った。

こう書くと当たり前のことだと思われるかもしれないけど、
私には全然できなかったことだった。
あ~、これでいいのか~と思って、ちょっとうれしい^^。

昨日は年少の者がイライラしてきて、家族に当たり始め、
「バカ」と言ったんですね(そこは見てなかった)。
それから、取っ組み合い、ののしり合い、たたき合う
大喧嘩に発展した。
私はキッチンからどうしたもんかと様子をうかがっていた。

怒るときは怒ったほうがいいけど、あんまり家族の怒りようが
激しかったため、私の今している対応を話して、
「あの子、構ってほしいだけだよ?」と言うと、
「人の人格を否定するような暴言は許さない」と言う。
「私だったら、『バカ』と言われたら、『バカと言うやつのほうが
バカなんだよ~。や~い^^』って言うかな?」と言ったら、
「どうしてそんなふうに心の持ち方が変わったのか不思議だけど。
子離れできたってことかな?」と言われた。

子離れということよりか、人と自分の区別をつけただけ。
どんな態度をとられても、私の価値は下がらないと思った。
ちょっとは自己肯定感が上がったのかも。
伊達に病気はしちゃいない(笑)。