叱責の連鎖 

160518IMG_5650.jpg

下の記事や三橋誕やアフタ10月号、3月号等に
拍手たくさんありがとうございます。

画像はおととい撮ったピンクの花。
名前は調べたけど、わかりませんでした;

昨日、録っておいた自閉症関係の番組を観ました。
自閉症者が犯罪を犯してしまう場合、自閉症プラス迫害体験が
ある場合が多いという話だった。
(もちろん自閉症者が犯罪に走りやすいという意味ではない)
自閉症児は育てにくいので、迫害されることが多いそうだ。
身体的虐待、ネグレクトの他に、激しい叱責も迫害のうちに入ると
いう言葉にドキッとした。
TVでは自閉症児を激しく叱責していた母親が、そのまた母親に
叱責されて育ったという事例が上がっていた。

私も年少の者に対して、大きな声で叱ったりしたことがある。
自分ではそんなにひどい叱り方ではないと思っていたが、
本人にとっては心の傷になったかもしれない。
私自身が両親に激しく叱責されて育ってきた(特に母に)。
それに慣れてしまっていて、自分の子にも普通以上に
激しく叱った可能性は否めない。

年少の者に「以前、叱りすぎたかもしれない。ごめんね」と謝った。
でもその時には戻れない。
反省も後悔もしないと心に決めた。
これからのことしか考えないようにする。
悪いことに対しては叱るけれど、失敗や不注意に関しては叱らない。

なぜ「激しく叱る」という行為は連鎖するのかと考えてみた。
「叱る」ことはある意味快感を伴うのではないだろうか。
某監督も「ミスを責めるのが楽しかったんだと思います」と言っていた。
「教育」と考えれば大義名分になる。
だから簡単に連鎖するのだと思う。
私は連鎖から抜ける。
これからだ。