梅の香り 

「どこ行くんだい?」
ジョーはジェットに手を引かれながら,尋ねた。
「着いてからのお楽しみ。」
今日は一日ジェットと一緒に過ごす。
そんな約束をした日のことだ。
ギルモア邸を出て,しばらく松林の中を歩いた。
2月にしては晴れて暖かい日。
散歩をするにはもってこいだが,どこへ向かおうとしているのか。
ふいに清楚ないい香りが鼻を掠めた。
「あ,梅の花。」
満開の花を咲かせた梅の木が,一本だけ林の中に立っていた。
そこだけ光が集まったかのように,白く輝いて見えた。
「この前,咲きかけの時見つけたんだ。そろそろ満開になると思って。
 お前に見せたかった。」
ちょっと自慢げにジェットが言った。
「ありがとう,ジェット。きれいだね。」
「日本では昔は花って言えば,梅だったんだろ?」
「よく知ってるね。平安時代以前のことだよ。」
「コズミ博士が言ってた。それにしても,梅ってやつは
 いい匂いがするもんだな。腹が空きそう。」
「ジェットはすぐそれだ。」
ジョーは苦笑した。
二人はしばらく黙って,花を眺め香りを楽しんだ。
ふと視線を感じたジョーがそちらを向くと、ジェットと目が合った。
「ジョー,俺やっぱり腹空いてる。」
「ご飯食べたばかりじゃないか。」
「あんまりいい匂いだから,味見したくなった。」
「梅を?」
「いやお前を。」
「…ジェット。」
ジョーは微笑んでから,そっと目を閉じた。
一歩,二歩,枯葉を踏みしめる音が聞こえ,
梅の香が一層強く匂った。



更新ない日も覗いていただいて、拍手もいただき、
ありがとうございます。
昨日は2月9日だったんだー。
ということで、短いですが29ssを。久しぶりだー。
イラストその175から続いている感じ?
急いで書いたので、後で直しにくるかも。

梅雨空の下で 

暗く重たげな雲の下を一人歩いて、海辺にたどりついた。
海の色も空の色も灰色で、境目がわからなかった。
ずっと以前にも、こんなふうに海を眺めていたことがあるような気がする。
雨粒がぽつんぽつんと落ちてきたが、そこから動く気にならなかった。

その時、後ろからサクサクと砂を踏みしめる音が近づいてきた。
僕は振り返らずに言った。
「迎えに来てくれたのかい?」
背の高い人影が、傘をさしかけながら僕の横に並んだ。
「そんなとこだな。」
彼はそのままじっと立っている。

僕がつらい気持ちのとき、気がつくと彼が隣にいるような気がする。
どうしようもなく打ちひしがれている時も、涙を止められない時も、
真っ先にそばに来てくれる。
それは空を飛べるという彼の能力のせいかもしれないが。

「君は僕がどこにいたって、見つけ出してくれそうだね。」
「まあな。宇宙の果てだって。」
彼はいたずらっぽい、でもどこか自信ありげな表情で笑った。
彼の笑みはいつも、向けられた者の心をあたたかくする。
だが彼はその笑みの陰で、どれぐらいの苦難を乗り越えてきたのだろう。
僕の知らないずっと昔から。

「君の髪って…。」
「ん?」
「いや、なんでもない。」
太陽の色みたいだと言いかけて、なんだか照れくさくなってやめた。
梅雨空の下でも明るく輝く太陽。
「大人とフランソワーズがお前の好物作ってたぞ。」
「うん。」

一人で来た道を今は二人で帰っていく。
僕らの家に向かって。



半ネット落ち中だけど、29の日なので。
相合傘だ(笑)。
文章を書き慣れていないのが見え見えで、恥ずかしい…。

初ss 

海の見える場所(1)(2)、アップしました。
季節外れ、暗い、文章がへた、と三拍子そろっています(汗)。
自分のブログだからいいんだ、と半ばやけっぱち。
最初にして最後のssになる予定です。

海の見える場所(1) 

 二月の半ば、この時期にしてはめずらしく暖かな日のことだった。
 ジョーとジェットの二人は、明るい日差しに誘われて海辺に足を運んでいた。潮風の中にほんの少し早春の香りが感じられるような穏やかな午後。

 並んで歩いていたジョーの足取りがふと遅くなった。
「ジェット。」
「ん?」
「君はもし死んだら、お墓に入りたいと思うかい?」
「えっ…。」
 唐突な質問にジェットは思わず彼の瞳を覗き込んだが、何の感情も読み取れず、次の言葉を待つことにした。

「僕はお墓ってあまり好きじゃないんだ。この体になる前から。」
「お墓が好きなやつって、あんまりいないと思うけどな。」
「死んだらお墓に入るのが当然という考え方がさ。人間なんて生きている間にさんざん地球を汚しておいて、死んでまで自然を破壊して作ったお墓に入らなくてもいいんじゃないかと思う。」
 そういう考え方は日本人にしては珍しいのではないかとジェットは思った。あるいは今時は珍しくないのか。それにしてもこんな気持ちのいい散歩時に似つかわしい話題ではないような気がする。
「ああ。でも墓って、お参りして故人を偲ぶって意味もあるんじゃないのか?」
「君は墓がないと僕のことを忘れる?」
 ジョーが立ち止まってちらっとジェットの方を見上げた。
「ばかいうな。」
 表情を変えずに浜辺に腰を下ろしたジョーの隣に、憮然としたままジェットも座り込んだ。
 目の前に、季節を一月程先取りしたかのような海がきらきらと光っていた。

海の見える場所(2) 

 ジョーは海の向こうのさらに遠くを見つめるような目をして言った。
「僕は海の見えるところで育ったんだ。うれしい時もつらい時もいつも海を見ていた。だから、死んだら骨を海に撒いてもらいたいと思っていたんだ。」
「思っていたってことは今は違うのか?」
「いや、でも僕たちの体は死んでも自然に帰れないんだろうな、と思って。」
 ああそうか、とジェットは思った。彼の生い立ちは聞いていた。そして言いたいことが少しだけわかってきた。死んだらこの体はどうなるかなんて、今まで自分が考えもしなかったということも。
 静かに押し寄せる波に目をやりながら、ジョーは言葉を続けた。
「どこかの国で人が死んだら体を鳥に食わせるという所もあるらしいけど、僕らの体では鳥も食えないし。役立たずの鉄くずになる他ないのかな。」
 こいつは表面上はいつも穏やかだけど、とんでもなく暗いことを考えていたりする。ジェットは心の中でため息をついた。

「ジョー、お前自分が死ぬことばかり考えているけど、俺たちの中じゃ最新式なんだからそう簡単には死にやしないだろ。俺の方が先に行くかもしれないんだから。もしそうだったら…。」
 ジェットは思いついたことを一息で口に出した。
「俺の体はお前にやる。故障したときのスペアの部品にしろ。旧式で使い物にならないんだったら、溶かして作り直して使ってくれ。これぞ地球に優しいリサイクルだろ?」
 目を見開いて聞いていたジョーが、ちょっと困ったような顔になった。
「僕もそうしてもらおうかな。でもどちらが先に行くにしろ、残った者が死ぬときは同じ問題が出てきちゃうと思うんだけど。」

 ジェットは頭を抱えた。思いつきで物を言うものではないな。でも…。
「そ、そしたら、人工衛星の材料にでもしてもらおうぜ!俺たちの体は最新科学の粋を集めて作られているんだから。」
 苦し紛れにそんなことを言いながらも、この思いつきも悪くないと思えてきた。生きられるだけ生き抜いてやる。そして一緒に死ぬことがかなわぬならば、先に行った者を自分の中に抱えて生きる。最後には共に宇宙からこの星を眺める…。
 ジョーの表情が風になびく栗色の髪に邪魔されて見えない。
「ジョー?」
「そうだね、ジェット。そこから海も見られるね。」
 ジョーがその頬に柔らかい笑みを浮かべた。
 二人はそれからしばらく黙って、光る海を見ていた。